次期ナンバー2予想の答え合わせと【コラム】自衛隊における懲戒処分について

 12月13日に、23日付で自衛艦隊司令官に現在海上幕僚副長の職にある齋藤聡海将が就くと発令された。また、陸上総隊司令官、航空総隊司令官人事に動きがないことで、以下の予想が的中したことになった。勇退なさる湯浅海将、今までありがとうございました。

 海上自衛隊は、次期海上幕僚長として王道ルートを通る齋藤海将を見据えていることは確かであるが、その前後のエース(32期伊藤海将・34期福田海将)や準エースの経歴・人格ともに申し分ないため、海上自衛隊トップ層の層の厚さが窺える。

 

 トップ層は大変すばらしいが、その下はどうであろうか。何やらここ数日の当ブログのアクセス数が増えているのは、ナンバー2予想の結果を確かめに来ただけではないような気がする。

 ここ数日に起きた自衛隊に関する出来事と言えば、当時陸上自衛官であった女性に性暴力を働いたとして5人が懲戒免職、女性から被害の訴えを受けたのに調査をしなかった30代の男性自衛官1人を半年の停職処分とした、という大きなニュースであろう。自衛隊はどうなのか分からないが、公務員に懲戒処分を行う場合は、恣意的にならないように、どのような場合にどのような処分をするかある程度決まっている(詳しくは人事院「懲戒処分の指針について」を参照)。それによるとセクシャルハラスメントのうち、強制わいせつ、上司等の利用による性的関係・わいせつな行為に及んだものは免職または停職となっており、このうち重い方が適用されたことになる。一方で調査をしなかった30代の自衛官に対する処分はどうか。これも「懲戒処分の指針について」を参照すると、監督責任のうち、非行の隠蔽、黙認に及んだ者に対しては停職または減給となっており、こちらも重い方が適用されたことになる。しかも懲戒停職6か月というのは懲戒規定や判例上懲戒免職にできない者に対して下される懲戒処分のうち最も重い処分として運用されているような厳しい処分である。具体的には懲戒停職6か月⇒依願退職をさせるというのが実務上の運用だと思う。

 

 ただ、これよりも重く、トリッキーな懲戒処分が海上自衛隊の方で発生した。2019年9月から2021年2月に日常的に「無能だ」「制裁してやる」と暴言を吐いた他、長時間の労働を強要して精神を壊したとして50代の1等海佐を2階級の降格処分とした。また、2020年7月に内部通報があったのに「パワハラは無かった」と報告した当時の上司で現在海将補の自衛官は1階級の降格処分となった。後者は、将官と佐官の定年差により、即日定年退官となった。

 この定年差を利用した退職の要求は、田母神空幕長の時以来であろうか。近年中々聞いたことの無い方法によるものだ。もっとも田母神空幕長の場合は特段悪いことをしたというよりも政治的な意思決定によるものであったが。

 部内の不祥事を握りつぶした上官に対する懲戒処分として、陸上自衛隊の方は実質懲戒免職として運用されている停職6か月を、海上自衛隊の方は1階級降格(&定年退職)を発した。双方を比べた場合、海上自衛隊海将補に対する処分の方が重たいのは、①高い階級に応じた職責を果たさなかったこと、②ひとたび「パワハラは無かった」という調査結果を提出したことで、今後簡単に再調査を行えないようにしたこと、③近年の海上自衛隊の意識変革が考えられる。

 ③の海上自衛隊の意識改革は、「たちかぜ」いじめ事件の反省から海上自衛隊はいじめに対して隊員の意識を変えるような働きかけが上層部からあった。このことは河野統合幕僚長が著書や他のメディアで語っている。加害者を守るような当時の海上自衛隊の行動に疑問を抱いていた河野海将海幕長に就いたあと、各部隊・学校で「一番悪いのはいじめた奴である。次に悪いのは周りで見て見ぬふりをした奴である。いじめた奴も周りで見て見ぬふりをした奴もともに卑怯者である!」と訓示したとのこと(『統合幕僚長 我がリーダーの心得』より)。それ以来、海上幕僚長の申し送り事項として、いじめを行った者と見て見ぬふりをした者に対しては限界MAXの厳しい処分をする旨が盛り込まれたのではないか。そしてその申し送り事項が現在の海幕長である酒井海将の下で発現したものだと推察される。もちろん酒井海幕長の断固たる意志もあるだろう。

 また、パワハラをした者に対して、2階級の降格処分を下したのも素晴らしいと思う。恐らくパワハラをした自衛官は、階級が絶対の自衛隊において、部下に対する優位な立場を利用して、精神や身体を痛めつけたのだろう。そうした者には再度低い立場となってもらって、下の者がどのような状況・心境にあったのかを考えさせる機会を与えた方が罰として適切だと考えるからだ。懲戒免職は裁判沙汰になって難しいし、辞めて考えが変わるかと言えば変わらないだろう。しかし、2階級降格であれば、場合によってはパワハラの被害者よりも下の階級になることから、問題を起こして周りから白い目で見られるという通常起きる現象に加えて、パワハラをした・された双方の立場の逆転でより一層居たたまれなくなるだろう。辞めようと思っても、問題を起こして懲戒戒告以上の懲戒処分を喰らった以上、経歴に傷がついており内容も内容なので、再就職も難しい。是非とも自衛隊に留まって処分を受け入れてもらいたい。

 

 教育とパワハラの境界線は通常の組織であれば、受け手の印象によるだろう。しかし、服務の宣誓にあるように「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め」る自衛官は、通常の国民が拒絶するような命令でも国民のために受け入れて実行する必要がある。そこで、如何なる命令でも割り切って行動するために自分の中のスイッチをオンにできる身体・脳に改造しないといけない。

 ただし、そのような指導はまだスイッチが確立されていない防衛大や幹部候補生学校学生までに留めておく必要がある。各自にスイッチが確立された幹部に対して、理不尽な指導をしても、もう既にあるスイッチを新たに得られるというメリットも無く、ただ理不尽なだけである。スイッチに接触不良を来たして問題を起こすようになった自衛官に、教育内容を思い出させるために、たまに理不尽な指導をするのは意味があるかもしれないが、やはり教育機関の外では実務で手一杯なので、最小限に留めておくのが無難である。

 今回は幹部学校だから教育機関ではないか!という意見もあるかもしれないが、幹部学校は幹部候補生学校と違って、幹部の中の幹部を育成する機関である。したがって既にスイッチが確立されている者ばかりなので、理不尽な指導は必要ない。恐らく教育だけでなく、研究をする機関でもあろうから、逆に少しのびのびとやらせた方が良いかもしれない。そのような場所で理不尽な指導により優秀な幹部を使い潰したのだから組織に対する責任も大きいものとなったのだろう。

 

 リーダー論というのは人それぞれで、有事であったり平時であったりその時々で求められる像は違ってくるが、私自身が時々思い出すようにしているのは河野統合幕僚長がゼークトの言葉を引用して挙げた「いつも上機嫌でいること」だ。確かに河野統合幕僚長自衛官としては珍しいくらいにニコニコしている。

 河野統合幕僚長防衛大学校時代に上級生からニヤニヤするな!と指導を受けたり、防衛部長時代のあたご衝突事件の記者会見で一瞬笑ったところを切り取られてバッシングされたことにより、国内では笑っている写真は少ないが、海外では余裕のある笑顔で国際交流を行っている。常に張り詰めた緊張感が漂う組織では息が苦しくなるため、トップがそれを和らげるような雰囲気を作り出すということも求められていると思う。もちろん、ニコニコせずとも、たまに笑わせるようなことを言ったりするというのも手で、自衛官はそちらの方が多いだろうから、そのように緩急をつけるのが良いだろう。

 海上自衛隊には笑顔が固くない指揮官が多いような気がする。上で挙げた今月勇退される湯浅海将も笑顔の似合う指揮官だと思う。これは艦長から下士官まで艦という閉鎖空間で長期間任務をともにして、外洋に出れば国際交流があり得るからだと思う。だからこそ、今回幹部の海上自衛官が降格されるようなパワハラを働いたというニュースに驚いた。もしかすれば、艦の適正が無く、ずっと陸でいたのかもしれないが、有事になれば組織が一丸となって動く必要が出てくる。台湾有事が囁かれる中、自衛隊が必要なときに組織として機能することを願う。