【コラム】伊藤弘呉地方総監のご発言について

 私が以前から次期海上幕僚長予想に勝手ながらも名を挙げている伊藤弘海将が、7月4日の記者会見で述べた「(防衛費増額を)もろ手を挙げて無条件に喜べるかというと、全くそういう気持ちになれない」というご発言に特定野党が色めき立っている。わざわざ特定野党やその支持者のTwitterアカウントをここでリンクを示して宣伝するのもどうかと思うのでしないが、彼らの意見を要約すると「現場の将官がまともなことを言っているのに、政府や自民党はこれを無視して防衛費を増やすのか!」というものである。個人的な理由から記事の更新を止めていたが、何やら話が大きくなってきたので緊急的に記事を執筆する。

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 筆者の立場を先に述べるが、私は防衛費増額にも賛成だし、伊藤海将の懸念も理解できる。扇動的なタイトルのおかげで伊藤海将は左翼自衛官のように勘違いされかねないが、伊藤海将が考えているのは別のところである。そもそも私が伊藤海将を次期海幕長と予想した理由でもあるが、伊藤海将は補給本部長を経験しており、兵站の重要性を理解なさっている。河野前統合幕僚長(元海幕長)もプライムニュース等で日本の継戦能力が低いことを嘆いておられる(陸海空各自衛隊出身の3統幕長が揃った回で「防衛の根本的強化に必要なもの」を問われた際、陸出身の折木元統幕長と空出身の岩崎元統幕長は1番目に新領域を挙げた一方で、海出身の河野前統幕長は1番目に弾薬・ミサイル・魚雷・燃料・部品・修理整備・生活環境等を含めた継戦能力を挙げたのが特に印象的だ)。元海自幹部YouTuberのオオカミ少佐も浮桟橋を例に自衛隊の設備が古くなっておりその能力を十分に発揮できない現状を紹介していた。このように、海上自衛隊の中にはもっと兵站に予算をつけるべきだという考え方が広がっているのだろう。そのような状況において、海自兵站部門の責任者を経験した伊藤海将の「極論ですけど、ミサイルや大砲の弾をたくさん仮に買ったとしても、それを撃つプラットフォームである船の手入れを怠ったら海の上に出て行けない。目を惹かれる装備とか技術とかいろいろあるんですけれど、もっと地に足を着いたメンテナンスですとかロジスティクス、ここにももっと注目してほしい」というご発言に繋がるのだと見れば自然に受け止めることができるかもしれない。

 このほかに、伊藤総監は現任地のHPでも前任地のHPでも人口減少社会に警鐘を鳴らしている。これは、日本人がいなくなったら日本そのものが無くなる、日本における日本人の人口よりも外国人の人口が上回れば国を乗っ取られるというような究極的な話というよりも、過疎が進む地方から徐々に伝統が失われる、自衛官になる人(=国を護る人)が必要な人員を下回るという目の前の危機に対するものであるように思う。つまり、少子化対策も安全保障の一部だとお考えなのだろう。それが今回の「社会保障費にお金が必要であるという傾向に全く歯止めがかかっていないわけです」に繋がっていると思われる。

 少子化対策兵站の充実という目の前の課題を前にすると、まずそれらを解決した上で新しい兵器を買ってほしいというのが現場の本音なのかもしれない。それを解決するための財政的な制約は、①プライマリーバランス、②債務対GDP比、③供給能力(潜在GDP)+α、とマクロ経済思想によってさまざまである。財務省や岸田政権はプライマリーバランス2025年度黒字化を謳っており①である。一方で、MMT派は③を主張している。③なら今すぐに、①や②なら日本経済(GDP)が拡大した時に、それぞれ防衛費の増額は可能となる。ただしどの場合でも、政府支出の上限は存在するので、優先順位が重要となる。加えて、単に防衛費を増額させるにしても、増額分が丸々アメリカが作る兵器の購入費用に充てられれば、長期的に見て日本にメリットは無い。そのような未来が視えると、「(防衛費増額を)もろ手を挙げて無条件に喜べるかというと、全くそういう気持ちになれない」というお言葉が出るのも納得である。

 しかし、私は納得しても、最新兵器にお金を優先的に配分することを主張する派閥や、今回の記事の見出しにつられて伊藤総監を反政府認定した勢力からの誹りは免れないだろう。伊藤総監はそれによる不利益を考慮してもなお、海上自衛隊を含む現在の日本国が持つ弱点を補強するべく指摘したのだと思う。

 ここで人事の話になるが、伊藤海将は32期である。現在の海幕長が31期であり、だいたい2年務めることを考慮すると、31+2=33期から次期海幕長に選ばれるのが順当だ。33期から選ばれるとすれば、33期筆頭の齋藤海将である。齋藤海将は現在中央で海幕副長の職にあり、最有力候補となっている。私は31期酒井海将が早くに海幕長に上がったことを考慮して伊藤海将もまだ候補に入っていると思うが、仮に33期から選ばれたり、その前に勇退するようなこととなれば、それが通常の人事であったとしても特定勢力は「政府の方針に逆らった自衛官を更迭した!」と騒ぎ立てるかもしれない。逆に海幕長に就いたとしても右から「防衛費増額に反対した自衛官をトップに据えるのか!」と騒がれるだろうし、本当に面倒だと思う。それも発言の一部を見出しに持ってきて煽ったマスコミと、記事を全文読まない読者のせいだと思う。今後の対応・対策としては、幕僚長や総監の会見は広報室が録画してマスコミに先んじてネット公開すること等が考えられる。